自律神経を整えて得すること
院長紹介
院長紹介
幼少期から高校生
はじめまして、自律神経専門整体院和屋の小田です。
私は物心ついたころから、兄の影響もあり地元の大府市の道場に行かされていて柔道を始めていました。
全国的にもかなり有名な道場で、道場出身者がバルセロナオリンピックから7大会連続で出場していることでも話題となりました。
そんな環境にて柔道をしていたことと柔道という競技の性質上、常にどこかを怪我していて、どこかに痛みがある状態で練習や試合をすることが当たり前のようになっていました。
そのため、子どもの頃はプロ野球選手とかが、「肩に違和感が出たため登録を抹消」などのニュースを観ると、プロ野球選手は違和感程度で休めるんだぁって思っていました(笑)。
特に高校時代からは、腰痛との闘いでもあり、高校1年の秋から高校2年の春先まで、継続的な練習が出来ないほどで、今でもあの頃を悔やんでいるくらいです。
ある整体師との出会い
今思えば、子どもの頃から周りの友だちが家で、「ひょうきん族」や「キャプテン翼」とかを観ている中、厳しい練習をしていたので辞めたい気持ちでいっぱいでしたが、続けていたおかげで、小学生の頃から常に全国大会というステージに立てることもでき、全国優勝させてもらったりすることができました。
そのため、高校、大学、社会人と柔道を通して、進学就職することができました。
そして現役生活も後半の29歳のとき、練習中にその場から起き上がることが出来ないほどの腰痛に襲われたのです。
腰から下に全く力が入らず、動かすことも出来なかったので、下半身麻痺になったのかと不安になったのを今でも覚えています。
そして運が悪いことに、重要な大会の1ヶ月くらい前だったのです。監督や先輩達から「試合は辞退するしかないか」「どうする?」と決断をせまられたのです。
どうするか悩んでいたところ、職場の上司から「整体に行ってみるか?」と知り合いの整体を紹介して頂いたのです。
今のように整体院が乱立する時代ではなかったので、迷いましたが、何もしないよりはいいだろうという軽い気持ちで連れていってもらいました。
ボキボキ系の元祖整体!でした。体中がこんなにボキボキ鳴るんだと驚くほどの激しい衝撃。
しかし、行く時は数メートル移動するにも後輩の肩を借り、少しずつしか歩くことが出来なかったのが帰りはゆっくりでも自力で歩けるようになりビックリしました。
この整体の先生は、実はもの凄く有名な方で、元プロ野球選手の桑田選手や清原選手、立浪選手などPL系の選手が頼ってくる人だったのです。
私の上司の方もPL卒で関係があったのです。
この整体の先生のおかげで、無事に大会にも間に合い、大事な時期に殆ど練習も出来ていなかったこともあり、優勝することは出来ませんでしたが、3位に入賞することができ、辞退や無様な結果を間逃れることが出来ました。
引退そして新たな道へ
31歳のときに現役を引退し、今後のことを考えたときに、自分が今までずっと怪我に苦しんできたこと、整体の力で出れないと思っていた大会に出れたことが自分の背中を押してくれて、「怪我で断念する人の助けになりたい」「怪我による無駄な時間を無くしてあげたい」そんな気持ちが強くなり、職場を退職して専門学校に入り整体師という新たな道に進むことを選択しました。
専門学校に通っている時や、現場での修行期間は、夜中にボーリング場でアルバイトをし、昼間に現場での修行、夕方から専門学校というかなりハードな生活をしていました。専門学校を卒業後は収入が少し増えたこともあり、夜中のバイトも減らせて修行に集中することができました。
挫折からの方向転換
2008年に出身地である大府市に和屋を開業し独立することができました。
1人治療院で経営的には厳しかったですが、修行の成果もあり、本格派のカイロプラクティックとして某クチコミクーポンサイトで、東海地区の整体・鍼灸部門の年間評価1位を頂いたり、他の症状で来られていて妊活中だった方が御懐妊したり、生理が止まっていた人が復活したり、評判としては順調に行っていました。
そんな時、ある患者さんとの出会いで全ての自信が吹き飛ばされたのです。
不妊症に悩む40代前半の女性が、噂を聞いて来院してくれました。
しかし、1年ほど経過しても妊娠はおろか、基礎体温にも変化がみられず、いつしかその女性も来られなくなりました。
当時の私は、それなりに結果も出していて自身もあったのですが、結果何も出来ず悲しい思いをさせていたのです。
私も悔しさと申し訳なさで、泣けてきました。
今思えば、それまで起きていた奇跡的な出来事は、たまたま起きたことで偶然であったのです。
ただの驕りで天狗になっていただけでした。
筋肉や骨格での調整では限界があることを悟り、もう、こんな思いはしたくないという気持ちから、虱潰しに調べて、身体の中から変えていく自律神経整体に出会ったのです。
その出会いは衝撃であり、施術の可能性の大きさに驚きました。
今は楽しくて仕方ない
筋肉や骨格に対してアプローチをしていたときも、感謝の言葉や感動を頂いていたのですが、身体の中に向き合うようになると、患者さんの質に変化が現れ、悩みがより深いものになっていきました。
もうどうにもならなくて、どこに行っても良くならない、藁をも掴む思い。
こんな言葉が当てはまるような方たちです。
そんな方たちの本気の笑顔は快感でもあります。
方針転換をしたことで、今までの施術と180度違う施術のため、心無い言葉を掛けられたこともありましたが、今では心の底から良かったと思えます。
柔道を引退した当初の、怪我による挫折を無くしたいという理念も、怪我したあとの対応になる筋肉や骨格へのアプローチに対し、怪我をし難くなる体作りを行える自律神経整体では、より理想に近くなっています。
ありがたいことに、沢山の方からありがとうのお言葉を頂くことができまるようになりましたが、本当は私を幸せな気持ちにさせてくれる皆さんに「ありがとう」を感じています。
現在でも月に1回~2回の勉強会に出席し、もうあんな悔しくて惨めな思いはしたくないという気持ちから、日々進化する施術の技術や皆さんの症状の原因となる環境への対応を学び、当院に来る全ての人が笑顔になる整体院を目指しています!
自律神経専門整体院 和屋 院長
小田剛美